2014年7月21日

普通。

学校を卒業する。
就職をする。
車を買う。
結婚する。
家を買う。

 

車や結婚には数百万かかり。
子育てや家には数千万かかる。
お金に相応の労働を支払わなければならない。
それが普通である。

 

選択肢は無限のようだが。
実は、そうでもない。
普通であるために必要なお金。
お金だけではなく、それに必要な行為。
それなくして、私達は存在し得ない。
何が何でも、私達がこの世に存在し得るために。
価値=幸福。を生み出さなければならない。

 

就職と起業、正規と非正規、メーカーと下請け。
デジタルとアナログ、手作りと機械化。
官とか民とか、サービス業と製造業、デザイン、設計、製造、営業、販売。
そんな区分は問題ではない。
社会とかグローバルとか地域とか。
いろいろあって、難しそうで、訳わかんないけれど。

 

結局、全ての根底は。
価値=幸福。を生み出すこと。

 

等価交換。支払わなければ得られない。
私達が普通でいるためには、それだけ支払うことを強要されている。
それが生きるということ。
だから、それは、絶対に、見えるようにならなきゃいけない。

価値は色々な器に入っていて、見た目が違う。
金プラチナだったり、自動車だったり、映画のチケットだったり。
恋人と過ごす時間だったり、健康だったり、安心するための保険だったりする。
お金は口座の数字でしかなく。
札束がトイレットペーパー以下になることだって、無いとは言い切れない。

 

違いすぎて惑わされてしまうけれど。
価値=幸福。を見ることができるなら。
普通を得るために、何をどれだけ支払わなければいけないのか。
理解できるはずだ。

 

先日の記事に書いたんだけれど。
http://fyofyo.blogspot.jp/2014/07/blog-post_20.html

価値=幸福。を具体化した目的をハッキリさせなきゃいけない。
海外に行くには水泳の練習をするのではなく、パスポートを取るべきなのだ。
価値=幸福のための目的。
目的のための目標。
目標のための手段。
価値=幸福を理解しろ。その概念を具体化しろ。
霞を食って生きることはできない。

 

夢物語ではない。
今日、明日の仕事の話だ。
今日、明日の、生活と飯を食う話だ。
起業とか転職とかいう話ではない。
万人がやっている、単なる普通の生き方というのは。
そういうものなのだろう。

0 件のコメント: