2019年11月16日

中国語の話_実物の位置づけ

人と人とのコミュニケーションにおいて。
主に音声と文字を使用する。


そういえば(一番重要な)実物を忘れていたので。
実物を加えてみる。
 
 
「魚」という文字を見て、実物の魚を想像するだろう。
「SAKANA」という音声を聞いても、実物の魚を想像するだろう。
それは、私達が日本語を理解しているからだ。
 
では中国語の「鱼」ではどうだろうか。
これは日本語と似ているので、なんとなく見当がつく。
しかし音声の「yú」では、魚を想像できない。
 
これはどういうことだろうか。
人間の脳に情報をインプットする際。
文字情報と音声情報、2種類の出入り口がある。
 
このうち3つ、日本語の文字、日本語の音声、中国語の文字。
これらは情報を理解できる。
しかし、中国語の音声、これは(日本人では)理解できない。
 
 
俺はいつも中国語で文字チャットをしている。
「手机」を読めば「ケータイ」を想像できる。
しかし「Shǒujī」を聞いても判らず、一度文字に変換してからケータイに辿り着く。
このワンテンポが会話では大きな遅れになる。
 
この場合、文字情報の出入り口は実物に強く繋がっている。
しかし、音声情報の出入り口が実物に繋がっていないのだ。
 
今回考えたことはこれだ。
自分の頭と実物を結ぶ2種類(音声と文字)の出入り口がある。
 
よく「手机」と「Shǒujī」(文字と音声)を結びつける。
だがこの経路は最終的には使わない。
「手机」から直接「ケータイ」へ。
「Shǒujī」から直接「ケータイ」へ。
つまり、文字でも音声でも、直接実物に結びつけたほうが良い。
 
英語でもよく言われる話。
「Apple」を「リンゴ」に変換せず、直接「皮の赤い果物」へと繋げろということなのだろう。
だから、情報と情報を捏ね回していても、上達の近道ではない。
ような気がしてきた。

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