主に音声と文字を使用する。
そういえば(一番重要な)実物を忘れていたので。
実物を加えてみる。
「魚」という文字を見て、実物の魚を想像するだろう。
「SAKANA」という音声を聞いても、実物の魚を想像するだろう。
それは、私達が日本語を理解しているからだ。
では中国語の「鱼」ではどうだろうか。
これは日本語と似ているので、なんとなく見当がつく。
しかし音声の「yú」では、魚を想像できない。
これはどういうことだろうか。
人間の脳に情報をインプットする際。
文字情報と音声情報、2種類の出入り口がある。
このうち3つ、日本語の文字、日本語の音声、中国語の文字。
これらは情報を理解できる。
しかし、中国語の音声、これは(日本人では)理解できない。
俺はいつも中国語で文字チャットをしている。
「手机」を読めば「ケータイ」を想像できる。
しかし「Shǒujī」を聞いても判らず、一度文字に変換してからケータイに辿り着く。
このワンテンポが会話では大きな遅れになる。
この場合、文字情報の出入り口は実物に強く繋がっている。
しかし、音声情報の出入り口が実物に繋がっていないのだ。
今回考えたことはこれだ。
自分の頭と実物を結ぶ2種類(音声と文字)の出入り口がある。
よく「手机」と「Shǒujī」(文字と音声)を結びつける。
だがこの経路は最終的には使わない。
「手机」から直接「ケータイ」へ。
「Shǒujī」から直接「ケータイ」へ。
つまり、文字でも音声でも、直接実物に結びつけたほうが良い。
英語でもよく言われる話。
「Apple」を「リンゴ」に変換せず、直接「皮の赤い果物」へと繋げろということなのだろう。
だから、情報と情報を捏ね回していても、上達の近道ではない。
ような気がしてきた。



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