2020年3月21日

マスクから見る製造業の未来

まだマスクが売り切れだ。
自作マスクのことを知り、やってみた。
 

 

 
3枚目のハンカチマスク。
4枚目のアフガンストール(別名サバゲーマスク)は、さすがに暑い。
正直、これで十分だと思っている。
 
もちろん、医療用のマスクと同じ効力は得られないだろう。
必要な人の所にはちゃんとしたマスクが届いて欲しいと思うのだが。
大多数の人は「なんとなく安心したいため」のマスクだろうから。
このマスクで十分だと思う。
 
類似の情報はネットでも散々拡散されている。
それなのに、みんな市販のマスクを奪い合って、未だに品切れ状態になっている。
なぜ、自作マスクよりも市販のマスクを探し回ることを選ぶのだろうか。
 
ここからは私の憶測だ。
人々が欲しがっている安心は、保証なのだと思う。
実際に感染するかどうかよりも、責任を問われないことを優先しているように思う。
 
私はそこそこ製造業に関わっている。
今の製造業で求められるのは、技術や品質ではなく、保証だ。
数十円の商品でも、色々な評価試験をして、保証を決める。
保証するために、莫大な金と、時間と、労力を費やす。
図面を書いて、それを書類に添付する。
それはもう、契約書である。
 
薄々感じてはいたが、確信に近づいた。
技術や品質の良し悪しは、今はもう、お金にならないのかもしれない。
必要なのは、保証である。
だから、ナントカ規格、ナントカ承認、ナントカ証明書をたくさん作らないといけない。
もはやそれは、技術の仕事ではない。
 
これも憶測だけれど。
自動運転が普及する鍵は技術ではなく、保険会社が金を出すかどうかだと思っている。
これも保証や責任や、契約の話であり、技術とは関係ない。
製造業は、そういう世界に来てしまったのだ。
 
マスクの話に戻す。
「中学生が手作りマスクを作って配布した」というニュースが流れていた。
好意的に受け取られる美談ではあるが、きっとそこに金を払う人は居ないだろう。
どんなに感謝されようと、金が払われないなら継続して飯を食うことはできない。
(その話はボランティアのように報道されていたので営利目的ではない)
 
一方で、ドラッグストアではマスクが品切れで、マスクが欲しいという客が店員に怒鳴り散らすというニュースも流れている。
マスクの販売、運搬、製造、そこに感謝の気持ちが伝わってこない。
手作りマスクに金を払わないし、自作はしない。
それで、市販品に安心の保証を要求する。
 
もはや、物や技術の世界は終わったのだ。
そこに金が払われない限り、飯は食えず、生きられないなら絶えるのだ。
物や技術には金を払わず、必要なのは保証である。
技術屋としては、非常につまらない結末である。
 
人は飯を食えなければ死ぬ。
食えるだけの金が必要である。
そして、金を貰うためには価値を生み出す必要がある。
 
その価値はいったいどこにあるのか?
という問いは、製造業全体にのしかかっているのだと思う。

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