2014年6月16日

モノづくりという物体は存在しない

唇はあっても、口という物体は存在しない。
ドアはあっても、入り口という物体は存在しない。

 

器はあっても、価値という物体は存在しない。
器は、価値を留めておくのに必要だが。
価値そのものとは違う。
器の内側は空っぽ。
何も無い箇所こそ見るべき箇所。
埋まってしまったら、器の機能を果たさない。

 

物はあっても、モノづくりという物体は存在しない。
物は器。
モノづくりは、価値を作らないといけない。

 

一周回ってもう一度。
価値とは何か。

価値はすでにそこにある。
だが見えない。感じない。

遠くに鳥がいても、双眼鏡で見ないと判らない。
空が晴れていても、部屋の中では判らない。

双眼鏡は道具。
部屋から出ることは手段。
器を価値で満たす。
手段を用いて目的を果たす。

 

だが、鳥を見ることが全てではない。
空を見ることが全てではない。

その価値、目的は再び器となり手段となる。

鉄鉱石という器を満たし、鉄にする。
鉄という器を満たし、鉄板にする。
鉄板という器を満たし、ドアとする。
ドアという器を満たし、自動車とする。
自動車もまた手段となり、別の目的を果たす。

目的は、再び手段となる。
間違ってはいけないのは、その逆。
手段を集めても目的とはならない。
器を集めても、価値とはならない。

 

空のペットボトルを集めても、その先を考えていなければゴミでしかない。
空の鉢植えを集めても、その先を考えていなければゴミでしかない。
器という物体は必要だ。
だが見るべき価値は、それではない。

 

モノづくりという物体は、存在しない。

さあ価値とは何だ。
物体の要らない世界で、製造業は何を作るべきか。

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