2022年12月29日

21年前に自殺未遂をした友人の話

21年前、自殺未遂をした友人がいる。
 
彼は学校の校舎の3階から飛び降りた。
大怪我をおって入院したが、命は助かった。
 
学校がいじめの有無を調べていたのを覚えている。
私の知る限りでいじめは無かった。
直接聞いたが、それは無いと言っていた。
 
親や先生が色々と苦心していたようだが、理由は判らなかったらしい。
そして、彼自身も自殺の原因は判らないと言っていた。
彼はこう言っていた。
「何にでも理由があると思うなよ」
 
私はそういう話や事象が怖いと思った。
怪我や病院や手術の話題が出るだけで鳥肌が立つ。
だから触れたくなかった。
しかし最近になって、彼の言っていたことを思い出した。
 
生き死には旅行のようなものだ。
この世とあの世の違いは、会える人が異なるだけだ。
 
彼はきっと、この世に執着や興味関心が無かったのだと思う。
これからの未来に全く期待をしていなかったのだろう。
 
後から考えたことだが、映画イノセンスにあったセリフと同じだと思った。
「肝心なのは望んだり生きたりすることに飽きないことだ」
 
彼は、自分の性格を「臆病」だと言った。
強気な性格ではなく、物静かで運動が苦手だった。
友達はいても、大勢の前で話したり目立った行動はしなかった。
 
臆病、逃避、彼は逃げていたように思う。
何から逃げていたかは判らない。
どこに逃げればいいのかが判らず、良くない所に迷い込んでしまったのだと思う。
 
人と関係を築いたり、友達を作ることはできる。
でも、人と仲良くする状態が嫌だった。
学校も、趣味も、家も、会社も、全ての人間関係をリセットした。
数年ごとに、何回も何回もリセットした。
それは良いことだろう?
 
彼の本質は逃げることなのだ。
そして、それが悪いことだと思っていない。
負けても悔しいと思わないし、勝つまで挑もうとも思わない。
攻撃や挑発を受けても、できるだけ回避して逃げる。
たとえ自分が大損をしても、逃げられるならそれでいいと思っている。
戦って勝つことに意味を感じない。
 
臆病で、億劫で、興味が無く、飽きっぽい。
何もかも投げ出して、リセットして、辞めて逃げればいい。
咎める人がいるならば、それも切り捨ててしまえばいい。
目と耳を塞ぎ、遠くに離れて、忘れてしまえばいい。
そうすれば全部なかったことになる。
 
20年かかって、彼の自殺の原因が判った気がする。
彼は他人から逃げたかったのだ。
興味を持たないで欲しかった。
言葉をかけないで欲しかった。
見るな、聞くな、記憶に残さないで欲しかった。
他人の言動、視線、行動、思考が不愉快で嫌だった。
だから、全部無くしたいと思ったのだろう。
 
無関心こそが心の平穏を保つ方法。
定期的に人間関係をリセットすればいい。
気に入らない人間を切り離し、遠くに逃げればいい。
20年かかって、ようやくそれに気付いたのだ。
今もこれからも、彼は元気でやっていけるだろう。
むしろ、他の人よりも強く生きられるとさえ思っている。
 
彼は私だ。

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